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大阪地方裁判所 昭和45年(行ウ)10号 判決

原告 本願与一

被告 泉佐野市長 熊取谷米太郎

右訴訟代理人弁護士 山西健司

同 小川剛

主文

原告の訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が、昭和四三年七月一二日付で、訴外大野宇八に対し感謝状と記念品(金額三〇万円)とを贈呈した行為を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「一、泉佐野市鶴原基地線道路は、同市が昭和三一年(あるいは同三二年)に訴外大野宇八ら地元の土地所有者約一〇名より、それぞれその所有地の寄附をうけ約三〇〇万円の工事費を支出して完成したものであるところ、昭和四三年ごろ右大野宇八が同人所有の土地は同市に寄附もしていないし、又同市に売却したこともない旨同市に抗議したので、被告は昭和四三年七月一二日付で同人に対し同人が同市鶴原基地線および鶴原西線の道路敷地用にその所有の土地を同市に寄附し同市の道路行政に貢献したとして感謝状(その文言、内容は別紙(一)感謝状記載のとおりである。)と記念品(額面金三〇万円の同市振出の小切手)とを贈呈した。

二、しかしながら、被告の右感謝状ならびに記念品贈呈行為はつぎに述べる事由により違法である。

1  前記鶴原基地線道路建設の際、訴外大野宇八は右道路建設を承諾していたのであるから、同人の泉佐野市に対する前記抗議に対し同市は当然拒否すべきであるにもかかわらず、同人に対し前記のとおり感謝状と記念品とを贈呈した。

2  のみならず前記所有地の寄附者である他の九名に対しては感謝状、記念品等の贈呈を行わず、訴外大野宇八に対してのみこれらを贈呈した。

三、そこで、泉佐野市の住民である原告は昭和四四年一二月一八日付書面をもって泉佐野市監査委員に対し前記感謝状ならびに記念品贈呈に基づく被告の不当支出に関する監査請求をなしたところ、同監査委員は昭和四五年一月二九日原告に到達の書面をもって右監査請求は右贈呈行為のあった昭和四三年七月一二日から一年を経過してなされた不適法なものであるとして地方自治法二四二条二項に基づき右監査請求を却下する旨原告に通知した。

四、しかしながら、本件感謝状ならびに記念品贈呈が行われた日時は、感謝状に記載の昭和四三年七月一二日ではなく、昭和四四年五月ごろ、早くとも同年四月以降である(ちなみに、泉佐野市が訴外大野宇八から鶴原西線の道路敷地の寄附を受けたのは昭和四四年四月である。)。したがって、原告の前記監査請求は、本件感謝状ならびに記念品贈呈行為があった日から一年を経過しないうちになされたものである。

仮に、本件感謝状ならびに記念品贈呈が昭和四三年七月一二日になされたとしても、右贈呈は市議会の承認を得ないのみならず、公衆の面前における授与ではなく被告と現在泉佐野市の助役である永井勇人とが訴外大野宇八方に持参して贈呈したもので、かつ、このことに関して市の公報に何らの発表もなかったから、市民に何ら知らされることなく、秘密裡に行われたもので昭和四四年五月二九日か同年六月二九日の二、三日後にはじめて原告は右贈呈行為を知った。したがって、原告が右贈呈行為のあった日から一年経過後に本件監査請求をなしたことにつき地方自治法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由があるとき」に該当する。

よって、本件監査請求は適法である。

五、よって、原告は地方自治法二四二条二の一項二号に基づき被告の前記感謝状ならびに記念品贈呈行為の取消しを求める。」

と述べた。

被告訴訟代理人は、

本案前の答弁として、主文同旨の判決を求め、その理由として、

「一、被告が訴外大野宇八に対し本件感謝状ならびに記念品(現金三〇万円)を贈呈した日時は昭和四三年七月一二日であるところ、原告は右贈呈行為のあった日から一年を経過した昭和四四年一二月一八日に右贈呈行為についての監査請求をなした。よって、右監査請求は地方自治法二四二条二項本文にもとづきこれをすることができず、不適法なものである。ちなみに同項ただし書にいう正当な理由とは交通杜絶で期間内に請求できなかった場合とか当該行為が秘密裡に行われた場合のごとく極めて狭く解されるところ、本件においては右感謝状の授与等は秘密裡に行われたものではないから原告に正当な理由はない。

以上原告の本訴はその前提たる適法な監査請求を欠くものであって不適法である。

二、仮に、右主張が認められないとしても、被告のなした本件感謝状授与行為が住民訴訟の対象となりえないことは明らかであり、さらに本件記念品(現金三〇万円)は公金ではなく泉佐野市長である熊取谷米太郎個人の金員を自己の計算において訴外大野宇八に贈与したものであるから行政処分ではない。

したがって、原告の本訴はその対象を欠き不適法である。」と述べ、

本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「泉佐野市鶴原の基地線道路が原告主張の頃、完成したものであること、被告が訴外大野宇八に原告主張の感謝状を贈呈したこと、および原告が原告の主張のごとく監査請求をなし却下されたことはいずれも認めるが、その余は否認する。」

と述べた。

証拠≪省略≫

理由

一、まず、原告の本件訴えの適否について判断する。

1  原告は、「被告が訴外大野宇八に対し昭和四三年七月一二日付で感謝状と記念品(金額三〇万円の小切手)を贈呈した行為を取消す」旨の判決を求める(この点について、当裁判所は再三釈明を求めたが、原告は、地方自治法二四二条の二第一項第二号の訴えである、と固執した)ので按ずるに、

(一)  現行法上、普通地方公共団体の長等行政機関又は職員のなす行為が、違法あるいは不当(但し不当な行為については監査請求のみ)として、当該地方公共団体所属の住民から、いわゆる住民訴訟を提起しうる原則的根拠法は地方自治法二四二条の二(なお二四二条)であり(住民訴訟は法律の根拠ある場合に限り許される)、そして、右法条によれば、住民訴訟の類型として、(1)行為の差止め請求(但し当該普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれある場合に限る)、(2)行政処分に当る行為の取消し又は無効確認請求、(3)執行機関又は職員に対する怠る事実の違法確認請求、(4)普通地方公共団体に代位して行なう当該職員に対する損害賠償、不当利得返還等の請求、当該行為の相手方に対する法律関係不存在確認、損害賠償、不当利得返還等、原状回復、妨害排除等の請求訴訟を定める(同条一項一号ないし四号)。そして、同条一項二号にいう「行政処分に当る行為」とは、「公権力の行使に当る行為(処分)」をいうものであることは、同条第六項、行訴法三条により明らかである。

(二)  本件の場合、被告が訴外大野宇八に対し、昭和四三年七月一二日付で感謝状と記念品(金額三〇万円の小切手)を贈呈したとの原告の主張事実が仮に認定されたとしても前記地方自治法二四二条の二所定の法条に照らすと、感謝状および記念品の贈呈行為はいずれも行政処分ではなく(小切手金三〇万円の贈呈行為を違法として、住民訴訟を提起するには、その行為により被告の属する泉佐野市が蒙った損害について、その賠償請求〔同条一項四号〕の訴えによるべきである)、したがって、同条一項二号にいう取消しの対象にならないこと明らかである。

(三)  以上の次第で、原告の本件訴えはこの点において、すでに(その内容に立入るまでもなく)不適法であるというの外はない。

2  監査請求の期間徒過により、本訴が不適法であるとの点について

原告が昭和四四年一二月一八日付書面をもって泉佐野市監査委員に対し本件感謝状ならびに記念品贈呈に基づく被告の不当支出に関する監査請求をなしたのに対し、同監査委員が昭和四五年一月二九日原告に到達の書面をもって右監査請求は右贈呈行為のあった昭和四三年七月一二日から一年経過後になされたものであるとの理由で地方自治法二四二条二項に基づき右監査請求を却下したことは当事者間に争いがなく、而して、≪証拠省略≫によれば、右贈呈は被告と訴外永井勇人(当時泉佐野市建設課長、現助役)とが昭和四三年七月一二日訴外大野宇八方に本件感謝状と記念品(現金三〇万円)を持参してなされたことが認められるので(原告は本件感謝状ならびに記念品贈呈が行われたのは昭和四四年五月ごろ、早くとも同年四月以降である旨主張するが、本件全証拠によるも右原告主張事実を認めることができない。)、本件監査請求は右贈呈行為のあった日から一年経過後になされたことは明らかである。

原告は、右期間を徒過した理由は本件感謝状ならびに記念品贈呈は秘密裡に行われたもので昭和四四年五月二九日か同年六月二九日の二、三日後にはじめて右贈呈行為を知ったためであるから、右期間徒過については地方自治法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由があるとき」に該当する旨主張し、而して≪証拠省略≫によれば、本件感謝状ならびに記念品贈呈が市議会の承認を得ないものであること、右贈呈について市の公報に何らの発表もしなかったことが認められ、右事実によれば、本件感謝状ならびに記念品贈呈行為は一般住民がたやすくこれを知り得なかったことは明らかであるが、≪証拠省略≫によれば、原告は右贈呈が行われた昭和四三年七月一二日から未だ一年を経過しない昭和四四年六月五日ごろ右贈呈事実を知ったというのであるから、地方自治法二四二条二項本文により監査請求をなし得なくなる同年七月一二日まで一ヶ月余の日時があったことになり、したがって、原告において所定の期間内に監査請求をなしえたというべきである。してみると、原告が本件感謝状ならびに記念品贈呈が行われた日から一年を経過した後の昭和四四年一二月一八日に監査請求をしたことについて原告に地方自治法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」があるとは言えない。

そうすると、原告は本件贈呈行為に関し地方自治法二四二条一項の請求(例えば、違法もしくは不当な公金の支出として把え、その是正もしくは損害補填のため必要な措置を講ずべきことの請求)を、もはや、適法になし得ず、従って監査委員が違法に原告の監査請求を却下したとは認められないから、結局、原告の本件訴えはたとえ、仮に地方自治法二四二条の二の一項二号以外の同項各号の訴に変更したとしても適法な監査請求を経ないでただちになされたものというべく、この点においても不適法な訴えという外はない。

二  よって、原告の本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上三郎 裁判官 矢代利則 大谷種臣)

〈以下省略〉

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